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「年上だった彼女」
ちょっと前に初めてみたサイト
「GO BOY」
泣ける2ちゃんねる的なもの。

もともと、ほかのブログで「年上だった彼女」が紹介されいて、そのブログに「不覚にも感動した。心が汚れてると思った方は、見てみてください。 」と書いてあったのでリンクをたどって、ほかのもいろいろ見た。

で、心が洗われるどころか、自分の心が汚れてるということを改めて思い知らされた。

こういうのを見ると、素直に感動すればいいものを、余計なことを考えてどうも複雑な気持ちになる。

人が死んだら悲しい。そんなことはあたりまえだ。それは、戦争はいけません。地球環境を大切にしましょう。などと、おなじようなあたりまえさがある。暴力的なほどのあたりまえさ。

泣かせるなら、もっとほかの方法で泣かせてほしい。ほほう、そうきたか。その手があったか。まんまと泣かされてしまいましたよ、と思わせてほしい。人が死ぬのって悲しいでしょ?ほら。と、定番おかずを差し出されても、食べる前から味がわかってしまってるから、おいしさの感動も半減する。

いい悪いは別にして、こういうのに感動する人が多いってことは、いまの世の中は、食べる前から味のわかってるご馳走をみんな食べたいのだなと思う。でも本当に感動できるのは、今まで見たこともなくて、味の想像もつなかいんだけど、食べたらすごくおいしかったって料理じゃないのかな。

そういう意味でセカチュウなんてものは、みんなが味を認めた定番コース料理なわけで。世の中には、店の料理の味よりも行列のできる店に並ぶこと自体に価値を見い出す人もいる。白血病で大切な恋人が死ぬ。そりゃ、悲しいに決まってる。でもそういう設定を使わずに、世界の中心で叫びたいほどの悲しさとか孤独感を出すのが作家の役目のような。

というような理屈を考えてる自分というのは、どうしようもなく心が汚れてるなと思い知らされるのだ。

あ、「さよなら、青い鳥」のようなのは好きです。
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