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自分の国が好きか?
中国の反日だの、韓国の竹島だの、ふだん世界情勢とかには興味ないけど、そういう流れを見てるとこれからどうも日本人として生きにくくなるというか、自分のこれからの日常とかにも何かしら良くない影響を受けそうで、考えずにはいられない。

要するに自分の国万歳っていうナショナリズムの熱が上がってるってこと?なんでいまナショナリズムなのか。ちょうど最近テレビでもやってたけど、東西冷戦のしばりがなくなってどの国もある意味自由になったから、「それじゃ、俺たちの国ってこれからどうしたらいいんだ?」っていろんな国が考え出して、「とりあえず同じ国民どうし団結しあって生き延びないといけない」っていう感覚に目覚めたと思えばいいのか。その「なんとか生き延びないと」っていうチカラの暴走がナショナリズムってこと?

これって昔のいわゆる「近代的自我の確立」って言われてるやつの国家版みたいなものか。近代的自我の確立というのは、昔のヨーロッパでそれまでの封建制が崩れて、いきなり「さあ、今日からみんな自由だよ」って言われたときに、それまで王様とかの言うことを聞いてさえいればよかったから、自分で考える習慣のない一般の人たちは「え~、そんなこと急に言われても。そもそも、自由って何だっけ。自分て何?自分の存在意味って?」っていう自我に目覚めたことだと思うけど、東西の対立がなくなってそれが国家レベルで起こってるということでいいのかな。自由にはなったけど、それじゃ自分の国って、自分たちの民族って何?と。

自分たちって何?って考える前に自分たちの国がなくなったらもともこもないから団結しなくちゃいけない。それで、どうやって団結するかというと、共通の敵をつくると団結しやすい。これはだれでも経験上なんとなく感覚でわかってることで、日常生活でも誰かと仲良くなろうと思ったら一緒に誰か生け贄のヤギをつくってみんなで悪口を言えばいい。会社での派閥だの学校でのイジメだの、共通の敵をつくって団結力を維持している。

と考えると、まあそりゃ、アジアの中で共通の敵=スケープゴートになるのに日本ほどぴったりな国はないわな。結構な金持ちで頭もいいんだけど、なんとなく気が弱くて、世渡り下手の坊ちゃん。

と思っていたら、サミュエル・P. ハンチントンの『文明の衝突』でもそういうことが書かれてるらしい。でもなんか読む気しないな。アントニオ・ネグリ の『帝国』も難しすぎてとうてい読む気にならない。小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉』は定価6000円もするし、1000ページもあるし読む時間なさそう。一応amazonはチェックしているけど古本が出ているのを見たことがない。香山リカの『ぷちナショナリズム症候群』は評価が低くて読む気がしない。

日本人もワールドカップのころからプチナショナリズムっぽい空気があるし(最近なら韓流ブームの裏での嫌韓とか?)、なんとなくのイメージだけど外交も今までの日本とくらべてちょっと強気になって来てる気もするし。ただ、それってチカラにはチカラで対抗ってことだから、残された道は戦争しかないのかなあ。

ようするにナショナリズムというか、そういうのがなくなるには東西冷戦に変わる新しい大きな世界秩序、ある意味で緊張感みたいなのかできればいいのか。でもそれって時代に逆行してるような気がするけれど。アメリカはそれをしようとしてるの?米中関係がそれなのか?ぜんぜん世界情勢のこととかわからん。とにかく日本にいるにしても海外に出るにしても将来に対する安心感を持って生活したい。けっきょく言いたいことはそれなのだけど、書いておかないとモヤモヤして他の新しいことが考えられないので書きました。終わり。
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